白樺派の歌人。
最後の足守藩主木下利恭の弟利永の二男で、5歳で養嗣子となり木下宗家を継いだ。
学習院を経て1911年(明治44)東京帝国大学国文科を卒業したが、在学中の1910年(明治43)に武者小路実篤や志賀直哉らと「白樺」を発行、散文や短歌を発表した。
1923年(対象12)には反アララギの大合同誌「日光」に加わった。
歌風は初め官能的感傷的であったが、後には口語・俗語を大胆に駆使して、いわゆる四・四の調べの<利玄調>を完成した。
歌集に「銀」「紅玉」「一路」「立春」「李青集」「木下利玄全歌集」などがある
花びらをひろげ疲れしおとろへに牡丹重たく萼をはなるる
あつき日を幾日も吸ひてつゆ甘く葡萄の熟す深き夏かな
街をゆき子供の傍を通る時蜜柑の香せり冬がまた来る
牡丹花は咲き定まりて静かなり花の占めたる位置のたしかさ
曼珠沙華一むら燃えて秋陽つよしそこ過ぎてゐるしづかなる径
作品[編集]
歌集[編集]
銀(1914年)
紅玉(1919年)
一路(1924年)
立春(1924年)
李青集(1925年)
木下利玄全歌集(1926年)
など
脚注[編集]
うす雪は小雨にとけてうぐひすのささなきさむき藪かげの道
春の雪をんなの人の八つ口の傘をこぼれて匂ふみちわる
いもうとの小さき歩みいそがせて千代紙かひに行く月夜かな
おくれては母のあと追ふをさな兒のおさげの髪に春の風吹く
二人には春雨小傘ちひさくてたもとぬれけり菜の花のみち
見透しの田舎料理屋昼しづか 桃さく庭に番傘を干す
藪かげのくろき朽葉のうづたかき流に落つる紅椿かな
朝月は小萩の露にしづみけりあかつきやみのこほろぎの聲
大原や野菊花咲くみちのべに京へ行く子か母と憩へる
野菊一むら水をおほへるいさら川ささやき細く野は暮れにけり
落葉やく青き煙のよどみたる林をゆけば雨のおちくる
時雨降り早仕舞せる宵町のくぐり障子のともし灯の色
恋ゆゑに人をあやめしたをや女の墓ある寺の紅梅の花
をんな坂袖もつれあふ舞姫がかすみに濡るる朝詣かな
顔と顔よせて行燈の繪を見るや櫻ににほふうすあかり哉
物かげに怖ぢし目高のにげさまにささ濁りする春の水哉
風絶えてくもる真昼をものうげに虻なく畑のそら豆の花
空もやう気にしてもどる嫂に門の桃散る雨ふくむ風
水ぐるま近きひびきに少しゆれ少しゆれゐる小手鞠の花
うす曇遠がみなりをきく野辺の小草がなかの昼顔の花
川風に堤の野菊花ゆれてさむき朝なり鳰鳥のなく
朝に入る鮭のうろこにうそ寒う夕日ひかりぬ船の秋風
月さむき夜頃となりぬ蘆の穂のしろき堤のこほろぎの聲
一村の夢おだやかに月ふけて小草の露は蟲の音ぞすむ
家ごとに引窓つけてあかりとる竹の山崎藪のうへの月
紅薔薇見し眼を移す白百合のそのうす青さ君が頬に見る
如月や電車に遠き山の手のからたち垣に三十三才鳴く
宿の山蜜柑ならびて黄なる實の朝日受け取る枝葉の中に
菜の花の黄色小雨にとけあひてほのににじめる昼のあかるみ
二階より君とならびて肩ふれて見下す庭のヒヤシンスかな
舞ひ終へて扇を前に會釋する舞妓が肩の息なつかしむ
汽船に居て湊の町のわか葉見る陸にも海にも昼の日光る
海荒るる前の沈黙雲おもく島山よもぎにほひながるる
水引の根をあらひ行く野の水の淀みにうつる秋の夕映
鳩起きて軒のとやより挨拶す花壇の芥子は朝風に揺る
真中の小さき黄色のさかづきに甘き香もれる水仙の花
花びらの真紅の光澤に強き日を照り返し居る雛芥子の花
愛らしき金のさかづきさし上げて日のひかりくむ花菱草よ
しほらしき野薔薇の花を雨は打つたたかれて散るほの白き花
ゆづり葉の新芽かはゆしやはらかき綠もたぐる桃いろの茎
象の肌のけうとさおもふ椿の木枝さき重き花のかたまり
初夏の真昼の野辺の青草にそのかげおとし立てる樫の木
汽車とまり汽車の出て行く停車場のダリヤの花の昼のくたびれ
草堤の茅が根もとに野いばらの白く泣き居る夏の停車場
夏草のしげみがなかにうつむける釣鐘草のよそよそしさよ
白き指に紅のにじみてなまめけるにほやかさもて咲く葵かな
ぐらんとの手植ぎよくらん東京の上野の夏をさびしらに咲く
恐ろしき黒雲を背に黄に光る向日葵の花見ればなつかし
くろみもつ葉ずゑに紅き花つくる夾竹桃の夏のあはれよ
からみあふ花びらほどくたまゆらにほのかに揺るる月見草かな
あすなろの高き梢を風わたるわれは涙の目をしばたたく
愛らしき眼を見はりつつ息づける苦しき様を見るに堪へかぬ
人皆に見捨てられたる床の上にわがをさな兒が眼をひらきゐる
人目なき処に妻とかくれつつなきくづれなばやすからましを
夏の中にひそめる秋を感じつつ涙ぞいづる子の死にし後
程もなく秋くることのわびしさと面やつれせし妻しのび泣く
子を失ふ親の悲み そは遠きことと思ひしを今日われに来し
待ち居たる九月の末は未だ来ずわが子は死にて世になし
脇差のすこしぬきたる刃の上に蓮華ぞうつる凶事ありし室
おとなしき死顔を見れば可愛さに口きかずとも傍に置きたや
顔のうぶ毛腕のうぶ毛の可愛さよいく日の後も眼に残るべく
やはらかくをさなきもののおごそかに眼つぶりて我より遠し
うけ口のくちびるの色変れるに水をそそぎて見つめ見つむる
汝が母は看護もせずに別れたり母も子供もかなしかるらむ
人々を力なき目に見まはせし汝がいぢらしさ忘れかねつも
汽車の笛遠くひびきて夜はふけぬ我が子の傍に通夜して居れば
いとし子のつめたきからだ抱きあげ棺にうつすと頬ずりをする
友禅のをんなのごとき小袖着て嬰兒兒は瓶の底にしづみぬ
父母の涙ぬぐひしハンケチを顔にあてやり棺にをさむ
小さなる笠よ草履よはた杖よ汝が旅姿ゑがくにたへず
人形を相手となしてな泣きそ雨そぼふりて寂しき夜も
安らかにあれかし今はわが力及ばねばただそれのみをこそ
木の繁る上野の奥の土しめる谷中の墓地にわが子葬る
墓地の杉蝉はなけどもいとし子は姿も見えず土に入りつつ
寺の門敷石の上にさくら木の黄なる葉散れり晩夏の日照
子の生れ子の死に行きし夏すぎて世は秋となり物の音すむ
遠方に鍛冶屋かねうつ音すみて秋ややうごく八月のすゑ
曼珠沙華か黒き土に頭あぐ雨やみ空のすめる夕べに
墓ならぶ谷中の墓地に利公も小さき墓標を立ててねむれり
若き母頭痛むに手を當ててむかふわが子の墓標の白さ
線香の煙墓標をめぐれるを二人ふりむき去りがてにする
四十雀頬のおしろいのきはやかに時たま来り庭に遊べる
女の子頬ずりしたし鶏頭の毛糸の手鞠咲き出でにけり
鶏頭の黄いろと赤のびろうどの玉のかはゆき秋の太陽
ダリヤ咲くさけばさきたるしみしさに花の瞳の涙ぐみたる
疲れたる光の中にコスモスのあらはに咲ける午後頭痛する
コスモスの花群がりてはつきりと光をはじくつめたき日ぐれ
菊切れば葉裏にひそむ蟲のありうごきもやらぬこの哀れさよ
蕎麦の花しらじら咲けり山裾の朝日のささぬ斜面の畑に
埼玉のとある小村の停車場の柵のダリヤに秋の陽あつし
日光にちかき停車場杉の木の暗きが前にコスモス光る
落葉樹葉落つる前の黄いろなる森のあかるみわれらよこぎる
枝はなれ枯葉ただよひ木のもとの大地につきぬなつかしうかな
男體の山のくづれのあらはなる土に夕日のさせるあはれさ
男體のうへの青空しろき雲山の秋の日おだやかに暮る
山上の温泉の湧く村の十月の夜の灯にせまる寒き山の気
山の温泉の古旅籠屋の障子のみしろく目に入る朝のさみしさ
空の藍山の黄色のくつきりとかたみにせめぎ秋晴れに立つ
白樺の白き木肌に手をふれて眼を見ひらきぬ秋風をきく
落葉ふむ足をとどめてたたずめば沈黙ひろがるまた歩み行く
葉も花もすがれ果てたる秋草のなほ立てるあり山の道ばた
石楠木が蕾の用意早なりて山ふところの日だまりに立つ
大いなる斜面に秋の日を受けて男體山の夕ぐれに立つ
男體の樅に紅葉に午後の日の弱まりて行く暮のしづけさ
日光の宿のおばしま軒ちかく山高まれるなつかしきかな
日光を二時間の後われ等去るおもひさびしみ御霊廟を出づ
日光は次第に遠み過ぎ去れる旅のかなしさ野ずゑ汽車行く
明治屋のクリスマス飾り灯ともりてきらびやかなり粉雪降り出づ
きげんよくあそびてゐしが女の子たふれころびぬかたき大地に
冬の日は壁と地面の直角に来りたまれりそれがよろしき
目に白く雪の見えつつ冬くればいよよしたしき軒ちかき山
村だけの心をつくし祭禮する人たちの上に秋空くもる
うきうきと屋臺の上に神楽せし人等いぢらし雨降りいでぬ
ささやかなる八兵衛稲荷の祭禮の二日目の今日も雨が降るなり
菊の中うす黄の菊と咲き出づるこの草の上もよそにはおもはず
庭見れば土にしみ入りしみ入りて冷え冷え雨の降り出でしかな
黒き虻白き八つ手の花に居て何かなせるを臥しつつ見やる
黒土をほればひそめる百合の根に冬の日ざしのまつはりに来る
朝の雪谷間の石につもれるを温泉の硝子戸によりそひて見る
納屋の屋根の昼の雪どけ四十雀いくつも前の木の枝に鳴く
向う岸の崖の日なたの南天の赤き實よ實よさなむづかりそ
去りがてに蜜柑畑をさまよひぬひくくしげれる緑したしみ
我が顔を雨後の地面に近づけてほしいままにはこべを愛す
食卓の牡丹の花に見入りつつ四月二十日の昼とあひみる
牡丹園のすだれをもれて一ところ入日があたり牡丹黙せり
生きものの身うちの力そそのかし青葉の五月の太陽が照る
緑葉の陰に嬰兒の足の指ならべみ山すず蘭花もちにけり
ほのぼのとわがこころねのかなしみに咲きつづきたる白き野いばら
桐の花雨ふる中を遠く来し常陸の國の停車場に咲く
雨後の昼を水戸市に入ればひたひたと水にごりみてる路傍の小川
公園の梅林の青葉がくれの青き實のその昼われにしたしみしなり
いましがた我が身のありし丘をよそに汽車は汽車とて走せすぎにけり
みちのくの一の関より四里入りし畷に日暮れ蛍火をみる
賊住みし窟に近きみちのくの水田の畔に燃ゆるほたる火
みちのくの石原道に日は暮れて揺るる俥に蛍とびくる
たそがれのあかるさも消え肌さむみ心つつしみ俥にゆらる
長雨がやみてみたればしみじみと秋はわれらに交りゐたり
山深み草木しげる草木がわれにせまり来われにせまり来
障子あくる音かろらかにすみたれば縁の日ざしに心よるかも
こまやかに夕べの冷えが身にそひて初秋の山にさしぐみにけり
東京を遠く南に感じつつ白石町をとぼとぼあるく
黒もじのうす黄の花にやはらかき雨ふりそそぎ春の暮れ行く
愛に酔ふ雌蕊雄蕊を取りかこむうばらの花をつつむ昼の日
芍薬の黄いろの花粉日にただれ香をかぐ人に媚薬吐く
桐の花露のおりくる黎明にうす紫のしとやかさかな
金魚草にトンボとまりて金の眼を日にまはす時ドンのとどろく
真昼野に昼顔咲けりまじまじと待つものもなき昼顔の花
夏来れば築地の朝の好もしさ海の風吹く凌霄花
by Alteri
| 2016-09-05 10:50
| 朝日歌壇