カテゴリ:冥界への追悼録( 16 )

柳原良平さん 84歳
1958年 から 57年もの間 現役でした。
山口瞳さん 開口健さんも あの世でおまちのことでしょう。
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皆さん30代だったんですね。
虎は死して皮を留め人は死して名を残す。
後藤健二さん  お悔み申し上げます。
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Live well and live forever.(立派な生き方をすれば永遠に生きることができる)
He has not lived that lives not after death.(死して生きざるは生きたるにあらず)

live forever

シリアで空襲の被害に押しつぶされる、庶民の声
戦争の被害にあえぐ女性や、子供たちの声を伝えた人として

人々の記憶に残るのではないでしょうか。
2月12日 「菜の花忌」 作家 司馬遼太郎さんの1996(平成8)年の忌日。
好きだった花に因んで「菜の花忌」と菜の花の沖と云う長編小説にちなんで、名づけられたそうです。
大阪に足を延ばした折には、立ち寄って見るのも悪くありません。
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営業期間営業:10:00~17:00(入館は16:30まで)
定休日:月曜日(祝日、振替休日の場合はその翌日)、年末年始(12/28~1/4)、特別資料整理期間(9/1~9/10)
所在地〒577-0803  大阪府東大阪市下小阪3-11-18 MAP
06-6726-3860
交通アクセス(1)近鉄「八戸ノ里駅」 徒歩約8分
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セゾングループを率いた経済人であり
辻井喬(つじいたかし)のペンネームで作家・詩人としても知られた堤清二(つつみせいじ)さんが死去した
11月28日 86歳だった。
小売業の西武百貨店のオーナーであり 
日本の小売業にとり欠かせない方だった。

渋谷の町を東急と競う様にして発展させた
堤さんの独特な感覚が
西武の個性でもあった。
堤さんの退任された後の西武は、
昔のおしゃれな西武ではなくて
スーパーの様であり、抜け殻であることからも
個人の感覚の鋭さの証かもしれない。

同時に詩人・小説家としても 大作を残された
小説「茜(あかね)色の空」など
残された 足跡が大きい
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岩谷 時子さんが10/25にお亡くなりになりました。

随分とご健勝で、同じ時代の人達を超えて、長生きをされました。

活躍をされた年月と時間の分以上に 
私達に、残された記憶の財産は大きいと感じます。

カラオケでも テレビを見ながらでも
岩谷さんの作詞した歌詞を口ずさんだ事のない人は居ないのではないでしょうか。
私のように、歌に興味がなくても 
覚えている曲だけで随分あります。
青春時代から、働き盛を通して、随分と楽しみました。

暮れの紅白歌合戦の前に NHKでも、他でも、特集をされたら、
テレビの前に国民を 4時間くらいは釘付けに出来るでしょう。
日本国民の記憶に一番残る仕事をされた方だと思います。

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お悔やみですが 
華やかな 思い出ての方なので 
FB友達での、浪崎洋子さんの写真をお借りしますが
一番お似合いになると思いましたので。 こちらを、献花とします。
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鮮やかな 
岩谷時子さんの思い出と共に ご冥福を祈ります。
天野祐吉さんがお亡くなりになった。

朝日新聞の名コラム「CM天気図』で1132回を続けられた

1984年からというから29年近くになる。

近所で、毎日ご挨拶するおじさんのようであった。

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「フツーを貫いた思索者」

であったと評伝ではお悔やみしている。

「これおかしくない?」とか
「そうだよね~」とか

穏やかな語り口のご隠居でした。
▼高野さんが八十三歳で人生の幕を閉じたのは、二月九日。愛し育てたホールが創立四十五周年を迎えたその日だった。
▼ホール支配人で姪(めい)の岩波律子さん(62)は話している。「たまたまではありません。高野の意思です。病床の高野はあの日まで頑張って、逝ったのです」


東京新聞 筆洗い

随分と長いあいだ、神田の街角で、良い作品を送り出してくささいました。

たまに、気が向いたときに、立ち寄ったホールには思い出が詰まっています。

これからも、意思は、受け継がれてゆくのでしょう。
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ミッドエンドインパリ

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クレアモントホテル
落第や吹かせておけよハーモニカ

もう余録どうでもいいぜ法師蝉

寒月やさて行く末の丁と半

「俳句で綴る変哲半世紀」
岩波書店

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続けることって、大事なこと、一歩ずつでも 前人未到の高さです

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千葉商科大学 総長の加藤寛 先生
2013年1月30日、心不全により死去された。86歳でした。
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加藤先生と言えば 明るいお人柄と、機関車のような行動力で
「世の中の役にたたない、学問は、いらない」
とそれこそ日本経済を先導した方でした。

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その足跡は 説明するまでもなく 皆の知るところです。
最近ではなく、働き盛りの頃は
鎌倉の見晴らしの良い丘の上にお住まいで
明るく元気に 日本経済の牽引車でした。
その頃は 慶応大学の先生で 藤沢のキャンパスでした。
あじさいの花の咲く 丘の上に戻られて、いるような気がします。

 
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改憲がじわり迫る年の瀬にベアテ シロタ ゴードンさん逝く
  弥津 信子 長野市

ベアテ シロタゴードンさん
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1923年、ウィーン生まれ。29年、作曲家・山田耕筰の招きで東京音楽学校(現・東京芸大)に赴任したピアニストの父、母とともに来日。少女時代を東京・乃木坂で過ごす。39年、米留学。卒業後、米タイム誌リサーチャーなどを経て、45年、GHQ民政局スタッフとして再来日。日本国憲法の人権条項起草にかかわる。著書に「1945年のクリスマス」(柏書房)など。ニューヨーク在住。
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特急が金沢駅に置いてゆく越中の雪越前の雪  
 池田 典恵  高岡市


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